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ソクラテスの死をあらわした例の古い銅版画の掛った壁を後方《うしろ》にして、寝台に近く岸本は腰掛けた。そして自分の半生を思い続けた。
「情熱あるものといえども、真にその情熱を寄すべき人に遇《あ》うことは難い」
これは岸本が春待つ旅の宿で故国の新聞紙への便《たよ》りの端に書きつけて見た述懐の言葉であった。夜の九時と言えば窓の外もひっそりとして、往来《ゆきき》の人の靴音も稀《まれ》にしか聞えないような戦時らしい空気の中で、岸本は自分で書いた言葉を繰返して見た。漸《ようや》く八歳の頃に既に激しい初恋を知ったほどの性分に生れつきながら、異性というものを信ずることも出来なくなってしまったような半生の矛盾を考えて見た。
京都大学の高瀬が隣室に居た頃、柳博士等と連立って訪《たず》ねて行ったあのペエル・ラセエズの墓地にあるアベラアルとエロイズの墓は、まだありありと岸本の眼に残っていた。あの名高い中世紀の僧侶《ぼうさん》は弟子であり情人である尼さんと終生変ることのない愛情をかわしたというばかりでなく、死んだ後まで二人で枕《まくら》を並べて、古い黒ずんだ御堂の内に眠っていた。そこにあるものは深い恍惚《こうこつ》の世界の象徴だ。想像も及ばぬ男女の信頼の姿だ。「さすがにアムウルの国だ」などと言って高瀬は笑ったが、岸本にはあの墓が笑えなくなって来た。仮令《たとえ》アベラアルとエロイズの事蹟《じせき》が一種の伝説であるというにしても。岸本はあの四本の柱で支《ささ》えられた、四つのアーチのどの方面からも見られるカソリック風な御堂の中に、愛の涅槃《ねはん》のようにして置いてあった極く静かな二人の寝像を思出した。あの古い御堂を囲繞《とりま》く鉄柵《てっさく》の中には、秋海棠《しゅうかいどう》に似た草花が何かのしるしのようにいじらしく咲き乱れていたことを思出した。彼はその周囲《まわり》を廻《めぐ》りに廻って二つ横に並んだ男女のすがたを頭の方からも足の方からも眺《なが》めて、立ち去るに忍びない気のしたことを思出した。まるでお伽話《とぎばなし》だ、と彼は眼に浮ぶ二人の情人のことを言って見た。しかし、お伽話の無い生活ほど、寂しい生活は無い。彼は最早《もう》自分の情熱を寄すべき人にも逢わず仕舞《じまい》に、この世を歩いて行く旅人であろうかと自分の身を思って見た。そう考えた時は寂しかった。
その晩、
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