(From Love he won such dule and teen ! )
And where, I pray you, is the Queen
Who willed that Buridan should steer
Sewed in a sack's mouth down the Seine ?
But where are the snows of yester−year ?"
(The Ballad[#「Ballad」は底本では「Ballard」] of Dead Ladies.――〔Translation from Franc,ois Villon by Rossetti.〕)
[#ここで字下げ終わり]
東京|下谷《したや》の池《いけ》の端《はた》の下宿で、岸本が友達と一緒にこの詩を愛誦《あいしょう》したのは二十年の昔だ。市川、菅、福富、足立、友達は皆若かった。あの敏感な市川が我と我身の青春に堪《た》えないかのように、「されど去歳《こぞ》の雪やいづこに」と吟誦《ぎんしょう》して聞かせた時の声はまだ岸本の耳の底にあった。
夜に入って、柔い雨が客舎の窓の外にあるプラタアヌの若葉へ来た。その雨の音のする静かさの中で、岸本はもう一度この事蹟を想像して見て、独り居る無聊《ぶりょう》を慰めようとした。
七十六
そんなに叔父さんは国の方の言葉を聞きたくているのか、叔父さんの旅の便《たよ》りを新聞で読んでこの手紙を送る気に成ったと節子は岸本のところへ書いてよこした。煩《うるさ》く便りをするようであるが、国の方の言葉を聞くと思って読んでくれと書いてよこした。節子の手紙には泉太や繁の成人して行く様子を精《くわ》しく知らせてよこしたが、何時《いつ》でも単純な報告では満足しないようなところがあった。叔父さんに心配を掛けた自分の身《からだ》も、今では漸《ようや》く回復して、何事《なんに》も知らない人が一寸《ちょっと》見たぐらいでは分らないまでに成ったから安心してくれと書いてよこした。勿論《もちろん》見る人が見れば直《す》ぐ分ることであるとも書いてよこした。彼女はまた、水虫のようなものを両手に煩《わずら》ってとかく台所の手伝いも出来かねていると書いてよこした。相変らず髪の毛が抜けて心細いというようなことまで書いてよこした。こうした節子の手紙を
前へ
次へ
全377ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング