人も加わって、四人で食器諸道具の相談に余念もなかった頃だ。この広瀬さんは一時は小竹の家に身を寄せていたこともあり、お力なぞもこの人に就《つ》いて料理というものに眼が開いたくらいだから、そういう人が心棒になっての食堂なら、あるいは成り立ちもするかとお三輪にも思われた。
「それにしても、小竹の店はどうなるだろう。新七はどういう気でいるんだろう」
そこまで考えて行くと、お三輪は茫然《ぼうぜん》としてしまった。
単調な機場《はたば》の機の音は毎日のようにお三輪の針仕事する部屋まで聞えて来ていた。お三輪はその音を聞きながら、東京の方にいる新七のために着物を縫った。亡くなった母のことが頻《しき》りに恋しく思い出されるのも、そういう時だ。お三輪はあの母の晩年に言ったこと為《し》たことなぞをいろいろと思い出すようになったほど、自分も同じように年をとったかと思った。母はなかなかきかない気象の婦人であったから、存命中は婿養子との折合も好くなく、とかく家庭に風波の絶間もなかったが、それだけ一方にはしゃんとしたところを持っていた。お三輪が娘時分に朝寝の枕もとへ来て、一声で床を離れなかったら、さっさと蒲団《
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