食堂
島崎藤村
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)伜《せがれ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一人|子息《むすこ》
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お三輪が東京の方にいる伜《せがれ》の新七からの便りを受取って、浦和の町からちょっと上京しようと思い立つ頃は、震災後満一年にあたる九月一日がまためぐって来た頃であった。お三輪に、彼女が娵《よめ》のお富に、二人の孫に、子守娘に、この家族は震災の当時東京から焼出されて、浦和まで落ちのびて来たものばかりであった。
何となく秋めいた空の色も、最早《もはや》九月のはじめらしい。風も死んだ日で、丁度一年前と同じような暑い日あたりが、またお三輪の眼の前に帰って来た。彼女は娵や孫達と集っていて、一緒に正午《ひる》近い時を送った。
「おばあちゃん、地震?」
と誰かの口真似《くちまね》のように言って、お三輪の側へ来るのは年上の方の孫だ。五つばかりになる男の児だ。
「坊やは何を言うんだねえ」
とお三輪は打ち消すように言って、お富と顔を見合せた。過ぐる東京での震災の日には、打ち続く揺り返し、揺り返しで、その度に互いに眼の色を変えた
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