達の避難する場所にあてられた。その休茶屋には、以前お三輪のところに七年も奉公したことのあるお力が内儀《かみ》さんとしていて、漸《ようや》くのことでそこまで辿《たど》り着いた旧主人を迎えてくれた。こんな非常時の縁が、新七とお力夫妻とを結びつけ、震災後はその休茶屋に新しい食堂を設け、所謂《いわゆる》割烹《かっぽう》店でなしに好い料理を食わせるところを造り、協力でそれを経営するようになって行こうとは、お三輪としても全く思い設けない激しい生涯の変化であった。
「お前はどうしてそんなに泣くの」
とお三輪は自分の側へ来る子守娘に声を掛けて見た。
「去年のことでも思い出したのかい」
とまたお三輪が言うと子守娘はそれを聞いて、一層しくしく泣いた。この娘は、焼けない前から小竹の家に奉公していたもので、東京にある身内という身内は一人も大火後に生き残らなかった。全く独《ひと》りぼっちになってしまったような娘だ。お三輪について一緒に浦和まで落ちのびて来たものは、この不幸な子守娘だけであった。多勢使っていた店の奉公人もそれぞれ暇を取って、皆ちりぢりばらばらになってしまった。
お三輪は子守娘をつれて町へでも
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