と東京の人だから、それでそんなことを言うかも知れないけれど……」
「ですから、私はこれまでの小竹ではないつもりですよ。人物さえ確かなら、どんな人とでも手を組んで、尻端折《しりはしょ》りでやるつもりですよ。私はもう今までのような東京の人では駄目だと思って来ました」
「そうかい」
その時、新七は思わず長話をしたという風で、母の側を離れようとした。立ちがけに、広瀬さんが支那の方へ漫遊を思い立っていて遠からずそれが実行されるであろうこと、その広瀬さんが帰って来る頃にはどれ程この食堂が発展するやも知れないことを母に語り聞かせた。
「そんなら、お前さんはもう未練はないのかい――あの小竹の古い店の暖簾に」
それを聞いて見たいばかりにお三輪はわざわざ浦和から出て来たようなものであった。
お三輪は眼に一ぱい涙をためながら、いそがしそうな新七の側を離れて、独りで公園の蓮池の方へ歩いて行った。暗いほど茂った藤棚《ふじだな》の下で、彼女は伜から話されたことを噛《か》み反《かえ》して見た。
「まだお母さんはそんな夢を見てるんですか」
それはお三輪が念を押した時に、伜の言った言葉だ。彼女には、それほど
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