そうとする人達は、ほんとうにうまいものに有りついた最中らしい。話声一つ泄《も》れて来なかった。静かだ。
「どうぞ、御隠居さん、ゆっくり召上って下さいまし。今日はわたしにお給仕させていただきますよ」
と言いながら、お力は過ぐる七年の長い奉公を思い出し顔に、造り身を盛った深皿なぞを順にそこへ運んで来た。このお力の給仕で、広瀬さんが得意の醇粋《じゅんすい》な日本料理を味っていると、焼けない前の小竹の店のことが今更のようにお三輪の胸に浮んで来た。
昼飯後に、お三輪は同じ食卓の側に腰掛けていて、新七が来るのを待った。そこは葦簾のかげから公園の通路を隔ててアカシヤの木の見えるようなところで、親子二人ぎりで話すにはよさそうな場所であった。新七もいそがしい人だ。客へ出す料理の勘定書まで書いて置いて、それから母の側へ来た。
「お母さん、東京へ出て来たついでに焼跡の方へも行って見ますか」
「あたしは焼跡へ行って見る気はしない。そう言えばあの小竹の店の方でサ、お前さんもこれまでいろいろな方を贔屓にしたろう。ほら、画をかく方だとか、俳諧をなさる方だとか、お芝居の方の人達だとか。ああいうお友達は、今でもちょ
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