いちょい見えるかい」
「横内に、三枝に、日下部に――あの連中ですか。店が焼けてからこのかた、寄りつきもしません」
「あんなにいろいろとお世話をしてあげて置いて、こういう時の力にはならないものかねえ」
「唯、新劇場の勝野だけは感心ですよ。わざわざこの食堂へ訪ねて来て、京橋時代にはお世話になった。これはいくらでもないが使ってくれと言って、見舞の金を置いて行きましたよ」
しばらく親子の話は途絶えた。震災後、思い思いに暇を取って出て行った以前の番頭や、小僧達の噂がそれからそれと引出されて行った。その時、お三輪は小竹の店のことを新七の前に持ち出した。それを持ち出して、伜《せがれ》の真意を聞こうとした。
新七は言った。
「お母さんは――結局どういうことを言おうとするつもりなんですかね」
昔者のお三輪には、そう若い人達の話すように、思うことが思うようには言い廻せなかった。どうかすると彼女は、伜なぞの使う言葉の意味をすら捉えがたく思うことがあった。
「結局とは何だい」とお三輪は問い返した。
新七は母の言おうとすることが、気に掛ったが、食堂の方にはまだゆっくり話し込んでいる客のあるのに気がつ
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