見に来て、今のは名高い日本画家であるとか、今のは名高い支那通であるとか、と母に耳うちした。そういう当世の名士がこの池の茶屋を贔屓《ひいき》にして詰め掛けて来てくれるという意味を通わせた。
「御隠居さん、まあこの景気を御覧なすって下さい」
とお三輪の側へ来て言って見せるのは金太郎だ。見ると、小砂利まじりの路の上を滑《すべ》って来る重い音をさせて、食堂の前で自動車を横づけにする客なぞもあった。
新七はお力に手伝わせて、葦簾《よしず》がこいにした休茶屋の軒下の位置に、母の食卓を用意した。揚物の油の音は料理場の窓越しにそこまで伝わって来ていた。
「御隠居さんはここへいらしって下さい。ここでお昼飯《ひる》を召上って下さい。内《なか》は反ってごたごたいたしますから」
とお力は款待顔《もてなしがお》に言って、お三輪のために膳、箸、吸物椀《すいものわん》なぞを料理場の方から運んで来た。
「おお、これはおめずらしい」
と言いながら、お三輪はすっぽん仕立の吸物の蓋《ふた》を取った。
食堂の方でも客の食事が始まっていた。一しきりはずんで聞えた客の高い笑声も沈まってしまった。さかんな食慾を満た
前へ
次へ
全35ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング