れがです、御隠居さん、旦那に祝って頂いたんじゃ私共が済みません。あんなにお力のやつもお世話さまになって置いて、七年もお店に御奉公させて置いて頂いて――その旦那がお酌しようと言って下さるじゃありませんか。オッと、それはいけません、今日は是非とも私に奢《おご》らせて下さいと言って、それから旦那や先生と御一緒にビイルを祝いました」
「震災の時のことを忘れませんよ」
「それを御隠居さんに言って頂くと、私もうれしい」とお力は話を引取って、「あの時は、私共も届きませんでしたけれど……」
「あれから、お前さん、浦和へ着くまでがなかなか大変でしたよ」とお三輪も思わず焼出された当時の心持を引出された。「平常《ふだん》なら一時間足らずで行かれるところなんでしょう、それを六時間も七時間もかかって……途中で渡れるか渡れないか知れないような橋を渡って……浦和へ着いた頃は、もう真暗サ。あの時は新七が宿屋を探してくれてね。その宿屋でお結飯《むすび》を造ってくれたとお思い……子供がそのお結飯を見たら、手につかんで離さないじゃないか。みんな泣いちまいましたよ……」
広瀬さんがそこへお三輪を見に来た。金太郎は広瀬さんの
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