ような新しい食堂らしい旗も出ている。それには、池に近い位置に因《ちな》んで「池の茶屋」とした文字もあらわしてある。お力夫妻はそこにお三輪や新七を待ちうけていた。
「御隠居さんがいらしった」
 という声がお三輪の耳に入った。お力だ。そういうお力は旧主人を迎え顔に、誰よりも先にそこへ飛んで出て来た。
 入口には休日とした札の掛けてある日で、お三輪も皆のいそがしくないところへ着いた。彼女は新七の側に立ちながら、広瀬さんにも逢い、お力の亭主の金太郎にも逢った。その休茶屋は、日除《ひよけ》を軒の高さに張出してあるところから腰掛台なぞを置いてあるところまで、見附きこそ元のかたちとあまり変りはなかったが、内へ入って見ると、この前に一度お三輪が上京した時とは殆んど別の場所のようになっていた。
「これが料理場かい」
 とお三輪は新七に言って、何もかも新規なその窓ぎわのところに腰掛けながら休んだ。


「お母さんには食堂の方で休んで頂いたら」
 広瀬さんは新七の方を見て、親しい友達のような口をきいた。
「どれ、一つおめにかけますかな」と新七もわざと改まったような調子で、「どうして、これまでにするのはなかな
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