が居る。すこし行くと、カステラや羊羹《ようかん》を店頭《みせさき》に並べて売る菓子屋の夫婦が居る。千曲川の方から投網《とあみ》をさげてよく帰って来る髪の長い売卜者《えきしゃ》が居る。馬場裏を出はずれて、三の門という古い城門のみが残った大手の通へ出ると、紺暖簾《こんのれん》を軒先に掛けた染物屋の人達が居る。それを右に見て鹿島神社の方へ行けば、按摩《あんま》を渡世にする頭を円《まる》めた盲人《めくら》が居る。駒鳥《こまどり》だの瑠璃《るり》だのその他小鳥が籠《かご》の中で囀《さえず》っている間から、人の好さそうな顔を出す鳥屋の隠居が居る。その先に一ぜんめしの揚羽屋がある。
 揚羽屋では豆腐を造るから、服装《なりふり》に関わず働く内儀《かみ》さんがよく荷を担《かつ》いで、襦袢《じゅばん》の袖で顔の汗を拭き拭き町を売って歩く。朝晩の空に徹《とお》る声を聞くと、アア豆腐屋の内儀さんだと直《すぐ》に分る。自分の家でもこの女から油揚《あぶらあげ》だの雁《がん》もどきだのを買う。近頃は子息《むすこ》も大きく成って、母親《おっか》さんの代りに荷を担いで来て、ハチハイでも奴《やっこ》でもトントンとやるよう
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