山の裾にも点いた。
父の農夫は引返して来て復た一俵|負《しょ》って行った。三人の女や男の子は急ぎ働いた。
「暗くなって、いけねえナア」と母の子をいたわる声がした。
「箒《ほうき》探しな――箒――」
と復た母に言われて、子はうろうろと田の中を探し歩いた。
やがて母は箒で籾を掃き寄せ、筵《むしろ》を揚げて取り集めなどする。女達が是方《こっち》を向いた顔もハッキリとは分らないほどで、冠っている手拭の色と顔とが同じほどの暗さに見えた。
向うの田に居る夫婦者も、まだ働くと見えて、灰色な稲田の中に暗く動くさまが、それとなく分る。
汽笛が寂しく響いて聞えた。風は遽然《にわかに》私の身にしみて来た。
「待ちろ待ちろ」
母の声がする。男の子はその側で、姉らしい女と共に籾を打った。彼方《かなた》の岡の道を帰る人も暗く見えた。「おつかれでごわす」と挨拶そこそこに急いで通過ぎるものもあった。そのうちに、三人の女の働くさまもよくは見えない位に成って、冠った手拭のみが仄《ほの》かに白く残った。振り上ぐる槌までも暗かった。
「藁をまつめろ」
という声もその中で聞える。
私がこの岡を離れようとした頃、
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