ゆうばえ》した山々は何時しか暗い鉛色と成って、唯《ただ》白い煙のみが暗紫色の空に望まれた。急に野面《のら》がパッと明るく成ったかと思うと、復た響き渡る鐘の音を聞いた。私の側には、青々とした菜を負《しょ》って帰って行く子供もあり、男とも女とも後姿の分らないようなのが足速《あしばや》に岡の道を下って行くもあり、そうかと思うと、上着《うわっぱり》のまま細帯も締めないで、まるで帯とけひろげのように見える荒くれた女が野獣《けもの》のように走って行くのもあった。
南の空には青光りのある星一つあらわれた。すこし離れて、また一つあらわれた。この二つの星の姿が紫色な暮の空にちらちらと光りを見せた。西の空はと見ると、山の端《は》は黄色に光り、急に焦茶色と変り、沈んだ日の反射も最後の輝きを野面《のら》に投げた。働いている三人の女の頬冠り、曲《こご》めた腰、皆な一時に光った。男の子の鼻の先まで光った。最早稲田も灰色、野も暗い灰色に包まれ、八幡の杜《もり》のこんもりとした欅《けやき》の梢《こずえ》も暗い茶褐色に隠れて了《しま》った。
町の彼方《かなた》にはチラチラ燈火《あかり》が点《つ》き始めた。岡つづきの
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