働いていた。男は雇われたものと見え、鳥打帽に青い筒袖《つつっぽ》という小作人らしい風体《ふうてい》で、女の機嫌《きげん》を取り取り籾《もみ》の俵を造っていた。そのあたりの田の面《も》には、この一家族の外に、野に出て働いているものも見えなかった。
古い釜形帽《かまがたぼう》を冠って、黄菊一株提げた男が、その田圃道を通りかかった。
「まあ、一服お吸い」
と呼び留められて、釜形帽と鳥打帽と一緒に、石垣に倚《よ》りながら煙草を燻《ふか》し始めた。女二人は話し話し働いた。
「金さん、お目はどうです――それは結構――ああ、ああ、そうとも――」などと女の語る声が聞えた。私は屋外に日を送ることの多い人達の生活を思って、聞くともなしに耳を傾けた。振返って見ると、一方の畦《あぜ》の上には菅笠《すげがさ》、下駄、弁当の包らしい物なぞが置いてあって、そこで男の燻す煙草の煙が日の光に青く見えた。
「さいなら、それじゃお静かに」
と一方の釜形帽はやがて別れて行った。
鳥打帽は鍬《くわ》を執って田の土をすこしナラし始めた。女二人が錯々《せっせ》と籾《もみ》を振《ふる》ったり、稲こきしたりしているに引替え、こ
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