り》は、この地方での最も忘れ難い、最も心地の好い時の一つである。俗に「小六月《ころくがつ》」とはその楽しさを言い顕した言葉だ。で、私はいくらかこの話を引戻して、もう一度十一月の上旬に立返って、そういう日あたりの中で農夫等が野に出て働いている方へ君の想像を誘おう。

     小春の岡辺《おかべ》

 風のすくない、雲の無い、温暖《あたたか》な日に屋外《そと》へ出て見ると、日光は眼眩《まぶ》しいほどギラギラ輝いて、静かに眺《なが》めることも出来ない位だが、それで居ながら日蔭へ寄れば矢張寒い――蔭は寒く、光はなつかしい――この暖かさと寒さとの混じ合ったのが、楽しい小春日和だ。
 そういう日のある午後、私は小諸《こもろ》の町裏にある赤坂の田圃《たんぼ》中へ出た。その辺は勾配《こうばい》のついた岡つづきで、田と田の境は例の石垣に成っている。私は枯々とした草土手に身を持たせ掛けて、眺め入った。
 手廻しの好い農夫は既に収穫を終った頃だ。近いところの田には、高い土手のように稲を積み重ね、穂をこき落した藁《わら》はその辺に置き並べてあった。二人の丸髷《まるまげ》に結った女が一人の農夫を相手にして立ち
前へ 次へ
全189ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング