は吹き落された。梅、李《すもも》、桜、欅《けやき》、銀杏《いちょう》なぞの霜葉は、その一日で悉《ことごと》く落ちた。そして、そこここに聚《たま》った落葉が風に吹かれては舞い揚った。急に山々の景色は淋《さび》しく、明るく成った。

     炬燵話《こたつばなし》

 私が君に山上の冬を待受けることの奈様《いか》に恐るべきかを話した。しかしその長い寒い冬の季節が又、信濃《しなの》に於《お》ける最も趣の多い、最も楽しい時であることをも告げなければ成らぬ。
 それには先ず自分の身体のことを話そう。そうだ。この山国へ移り住んだ当時、土地慣れない私は風邪《かぜ》を引き易《やす》くて困った。こんなことで凌《しの》いで行かれるかと思う位だった。実際、人間の器官は生活に必要な程度に応じて発達すると言われるが、丁度私の身体にもそれに適したことが起って来た。次第に私は烈しい気候の刺激に抵抗し得るように成った。東京に居た頃から見ると、私は自分の皮膚が殊に丈夫に成ったことを感ずる。私の肺は極く冷い山の空気を呼吸するに堪えられる。のみならず、私は春先まで枯葉の落ちないあの椚林《くぬぎばやし》を鳴らす寒い風の音を
前へ 次へ
全189ページ中82ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング