桑畠も野菜畠も家々の屋根も皆な白く見渡される。裏口の柿の葉は一時に落ちて、道も埋れるばかりであった。すこしも風は無い。それでいて一|葉《は》二葉ずつ静かに地へ下る。屋根の上の方で鳴く雀《すずめ》も、いつもよりは高くいさましそうに聞えた。
 空はドンヨリとして、霧のために全く灰色に見えるような日だった。私は勝手元の焚火《たきび》に凍えた両手をかざしたく成った。足袋《たび》を穿《は》いた爪先も寒くしみて、いかにも可恐《おそろ》しい冬の近よって来ることを感じた。この山の上に住むものは、十一月から翌年の三月まで、殆《ほと》んど五ヶ月の冬を過さねば成らぬ。その長い冬籠《ふゆごも》りの用意をせねば成らぬ。

     落葉の三

 木枯が吹いて来た。
 十一月中旬のことであった。ある朝、私は潮の押寄せて来るような音に驚かされて、眼が覚めた。空を通る風の音だ。時々それが沈まったかと思うと、急に復《ま》た吹きつける。戸も鳴れば障子も鳴る。殊に南向の障子にはバラバラと木の葉のあたる音がしてその間には千曲川の河音も平素《ふだん》から見るとずっと近く聞えた。
 障子を開けると、木の葉は部屋の内までも舞込んで
前へ 次へ
全189ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング