は朝日をうけて白く光りました――」
 夫婦とあるは、私がその話の中に書こうとした人物だ。一時は私もこうした文体を好んで書いたものだ。
「筒袖《つつそで》の半天に、股引《ももひき》、草鞋穿《わらじばき》で、頬冠《ほおかぶ》りした農夫は、幾群か夫婦の側を通る。鍬《くわ》を肩に掛けた男もあり、肥桶《こえおけ》を担《かつ》いで腰を捻《ひね》って行く男もあり、爺《おやじ》の煙草入を腰にぶらさげながら随いて行く児もありました。気候、雑草、荒廃、瘠土《せきど》などを相手に、秋の一日の烈《はげ》しい労働が今は最早始まるのでした。
 既に働いている農夫もありました。黒々とした「ノッペイ」の畠の側を進んでまいりますと、一人の荒くれ男が汗雫《あせみずく》に成って、傍目《わきめ》をふらずに畠を打っておりました。大きな鍬を打込んで、身《からだ》を横にして仆《たお》れるばかりに土の塊《かたまり》を起す。気の遠くなるような黒土の臭気《におい》は紛《ぷん》として、鼻を衝《つ》くのでした……板橋村を離れて、旅人の群にも逢いました。
 高原の秋は今です。見渡せば木立もところどころ。枝という枝は南向に生延びて、冬季に吹く風
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