へ流れて行く水を見送った。その方角には、夕日が山から山へ反射して、深い秋らしい空気の中に遠く炭焼の烟《けむり》の立登るのも見えた。
 この谷の尽きたところに海《うみ》の口《くち》村がある。何となく川の音も耳について来た。暮れてから、私達はその村へ入った。

     山村の一夜

 この山国の話の中に、私はこんなことを書いたことが有った。
「清仏《しんふつ》戦争の後、仏蘭西《フランス》兵の用いた軍馬は吾《わが》陸軍省の手で買取られて、海を越して渡って来ました。その中の十三頭が種馬として信州へ移されたのです。気象雄健なアルゼリイ種の馬匹《ばひつ》が南佐久の奥へ入りましたのは、この時のことで。今日一口に雑種と称えているのは、専《おも》にこのアルゼリイ種を指したものです。その後|亜米利加《アメリカ》産の浅間号という名高い種馬も入込みました。それから次第に馬匹の改良が始まる、野辺山《のべやま》が原の馬市は一年増に盛んに成る、その噂《うわ》さが某《それがし》の宮殿下の御耳まで届くように成りました。殿下は陸軍騎兵附の大佐で、かくれもない馬好ですから、御|寵愛《ちょうあい》のファラリイスと云《いう》
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