な谿流《けいりゅう》に近い。この谿流に面した休茶屋には甲州屋としたところもあって、そこまで行くと何となく甲州に近づいた気がする。山を越して入込んで来るという甲州|商人《あきんど》の往来するのも見られる。
馬流の近くで、学生のTが私達の一行に加わった。Tの家は宮司《ぐうじ》で、街道からすこし離れた幽邃《ゆうすい》な松原湖の畔《ほとり》にある。Tは私達を待受けていたのだ。
白楊《どろ》、蘆《あし》、楓《かえで》、漆《うるし》、樺《かば》、楢《なら》などの類が、私達の歩いて行く河岸に生《お》い茂っていた。両岸には、南牧《みなみまき》、北牧、相木《あいぎ》などの村々を数えることが出来た。水に近く設けた小さな水車小屋も到るところに見られた。八つが岳の山つづきにある赤々とした大崩壊《おおくずれ》の跡、金峯《きんぶ》、国師《こくし》、甲武信《こぶし》、三国《みくに》の山々、その高く聳《そび》えた頂、それから名も知られない山々の遠く近く重なり合った姿が、私達の眺望《ちょうぼう》の中に入った。
日が傾いて来た。次第に私達は谷深く入ったことを感じた。
時々私はT君と二人で立止って、川上から川下の方
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