《あそこ》はまだ開墾したばかりで、ここほど林が深くなかった。
 別れを告げて尾の石を離れる前に、もう一度私達は番小屋の見える方を振返った。白樺《しらかんば》なぞの混った木立の中に、小屋へ通う細い坂道、岡の上の樹木、それから小屋の屋根なぞが見えた。
 白樺の幹は何処《どこ》の林にあっても眼につくやつだが、あの山桜を丸くしたような葉の中には最早《もう》美しく黄ばんだのも混っていた。
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   その六


     秋の修学旅行

 十月のはじめ、私は植物の教師T君と一緒に学生を引連れて、千曲川の上流を指して出掛けた。秋の日和《ひより》で楽しい旅を続けることが出来た。この修学旅行には、八つが岳の裾《すそ》から甲州へ下り、甲府へ出、それから諏訪《すわ》へ廻って、そこで私達を待受けていた理学士、水彩画家B君、その他の同僚とも一緒に成って、和田の方から小諸《こもろ》へ戻って来た。この旅には殆《ほと》んど一週間を費した。私達は蓼科《たでしな》、八つが岳の長い山脈について、あの周囲を大きく一廻りしたのだ。
 その中でも、千曲川の上流から野辺山《のべやま》が原へかけては一度私が遊びに行った
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