たが、十四度も山火事に逢ううちに残ったのは既に五六間の高さに成ってよく実りはするけれども、樹の数は焼けて少いとか話した。
 落葉松《からまつ》の畠も見えた。その苗は草のように嫩《やわら》かで、日をうけて美しくかがやいていた。畠の周囲《まわり》には地梨も多い。黄に熟したやつは草の中に隠れていても、直ぐと私達の眼についた。尤《もっと》も、あの実は私達にはめずらしくも無かったが。
 主人は又、山火事の恐しいことや、火に追われて死んだ人のことを話した。これから一里ばかり上ったところに、炭焼小屋があって、今は椚《くぬぎ》の木炭を焼いているという話もした。
 この山番のある尾の石は、高峰と称える場所の一部とか。尾の石から菱野《ひしの》の湯までは十町ばかりで、毎日入湯に通うことも出来るという。菱野と聞いて、私は以前家へ子守に来ていた娘のことを思出した。あの田舎娘《いなかむすめ》の村は菱野だから。
 土地案内を知った体操教師の御蔭で、めずらしいところを見た。こうした山の中は、めったに私なぞの来られる場所では無い。一度私は歴史の教師と連立ってここよりもっと高い位置にある番小屋に泊ったことも有る。
 彼処
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