は別に鶏と茄子《なす》の露、南瓜《とうなす》の煮付を馳走振《ちそうぶり》に勧めてくれた。いずれも大鍋《おおなべ》にウンとあった。私達は各自《めいめい》手盛でやった。学生は握飯、パンなぞを取出す。体操の教師はまた、好きな酒を用意して来ることを忘れなかった。
 この山の中で林檎《りんご》を試植したら、地梨《じなし》の虫が上って花の蜜《みつ》を吸う為に、実らずに了った。これは細君が私達の食事する側へ来ての話だった。赤犬は廻って来て、生徒が投げてやる鳥の骨をシャブった。
 食後に、私達は主人に案内されて、黒い土の色の畠の方まで見て廻った。主人の話によると、松林の向うには三千坪ほどの桑畠もあり、畠はその三倍もあって大凡《おおよそ》一万坪の広い地面だけあるが、自分の代となってからは家族も少《すくな》し、手も届きかねて、荒れたままに成っているところも有る、とのことだ。
 私達が訪ねて来たことは、余程主人の心を悦ばせたらしい。主人はむッつりとした鬚のある顔に似合わず種々な話をした。蕎麦《そば》は十俵の収穫があるとか、試植した銀杏《いちょう》、杉、竹などは大半枯れ消えたとか、栗も十三俵ほど播《ま》いてみ
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