》しつけられるような心持《こころもち》に成る。可怖《おそろ》しい繁殖の声。知らない不思議な生物の世界は、活気づいた感覚を通して、時々私達の心へ伝わって来る。
 近頃Sの家では牛乳屋を始めた。可成《かなり》大きな百姓で父も兄も土地では人望がある。こういう田舎へ来ると七人や八人の家族を見ることは別にめずらしくない。十人、十五人の大きな家族さえある。Sの家では年寄から子供まで、田舎風に慇懃《いんぎん》な家族の人達が私の心を惹《ひ》いた。
 君は農家を訪れたことがあるか。入口の庭が広く取ってあって、台所の側《わき》から直《じか》に裏口へ通り抜けられる。家の建物の前に、幾坪かの土間のあることも、農家の特色だ。この家の土間は葡萄棚《ぶどうだな》などに続いて、その横に牛小屋が作ってある。三頭ばかりの乳牛《ちちうし》が飼われている。
 Sの兄は大きなバケツを提《さ》げて、牛小屋の方から出て来た。戸口のところには、Sが母と二人で腰を曲《かが》めて、新鮮な牛乳を罎詰《びんづめ》にする仕度《したく》をした。暫時《しばらく》、私は立って眺《なが》めていた。
 やがて私は牛小屋の前で、Sの兄から種々《いろいろ》
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