な話を聞いた。牛の性質によって温順《おとな》しく乳を搾《しぼ》らせるのもあれば、それを惜むのもある。アバレるやつ、沈着《おちつ》いたやつ、いろいろある。牛は又、非常に鋭敏な耳を持つもので、足音で主人を判別する。こんな話が出た後で私はこういう乳牛を休養させる為に西《にし》の入《いり》の牧場《まきば》なぞが設けてあることを聞いた。
 晩の乳を配達する用意が出来た。Sの兄は小諸を指して出掛けた。

     鉄砲虫

 この山の上で、私はよく光沢《つやけ》の無い茶色な髪の娘に逢う。どうかすると、灰色に近いものもある。草葺《くさぶき》の小屋の前や、桑畠《くわばたけ》の多い石垣の側なぞに、そういう娘が立っているさまは、いかにも荒い土地の生活を思わせる。
「小さな御百姓なんつものは、春秋働いて、冬に成ればそれを食うだけのものでごわす。まるで鉄砲虫――食っては抜け、食っては抜け――」
 学校の小使が私にこんなことを言った。

     烏帽子山麓《えぼしさんろく》の牧場

 水彩画家B君は欧米を漫遊して帰った後、故郷の根津村に画室を新築した。以前、私達の学校へは同じ水彩画家のM君が教えに来てくれてい
前へ 次へ
全189ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング