滋野は北佐久《きたさく》の領分でなく、小県《ちいさがた》の傾斜にある農村で、その附近の村々から通って来る学生も多い。
ここでは男女《なんにょ》が烈《はげ》しく労働する。君のように都会で学んでいる人は、養蚕休みなどということを知るまい。外国の田舎にも、小麦の産地などでは、学校に収穫《とりいれ》休みというものがあるとか。何かの本でそんなことを読んだことがあった。私達の養蚕休みは、それに似たようなものだろう。多忙《いそが》しい時季が来ると、学生でも家の手伝いをしなければ成らない。彼等は又、少年の時からそういう労働の手助けによく慣らされている。
Sという学生は小原村から通って来る。ある日、私はSの家を訪ねることを約束した。私は小原のような村が好きだ。そこには生々とした樹蔭《こかげ》が多いから。それに、小諸からその村へ通う畠《はたけ》の間の平かな道も好きだ。
私は盛んな青麦の香を嗅《か》ぎながら出掛けて行った。右にも左にも麦畠がある。風が来ると、緑の波のように動揺する。その間には、麦の穂の白く光るのが見える。こういう田舎道を歩いて行きながら、深い谷底の方で起る蛙の声を聞くと、妙に私は圧《お
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