ょうぶ》を立て廻して、人々は端近く座りながら涼んでいた。
 御輿は市町から新町の方へ移った。ある坂道のところで、雨のように降った賽銭《さいせん》を手探りに拾う女の児なぞが有った。後には、提灯を手にして往来を探《さが》すような青砥《あおと》の子孫も顕《あらわ》れるし、五十ばかりの女が闇から出て、石をさぐったり、土を掴《つか》んだりして見るのも有った。さかしい慾の世ということを思わせた。
 市町の橋は、学校の植物の教師の家に近い。私の懇意なT君という医者の家にも近い。その欄干《らんかん》の両側には黒い影が並んで、涼しい風を楽んでいるものや、人の顔を覗《のぞ》くものや、胴魔声《どうまごえ》に歌うものや、手を引かれて断り言う女連なぞが有った。
 夜の九時過に、馬場裏の提灯はまだ宵の口のように光った。組合の人達は仕立屋や質屋の前あたりに集って涼みがてら祭の噂《うわさ》をした。この夜は星の姿を見ることが出来なかった。螢《ほたる》は暗い流の方から迷って来て、町中《まちなか》を飛んで、青い美しい光を放った。

     後の祭

 翌日は朝から涼しい雨が降った。家の周囲《まわり》にある柿、李《すもも》
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