勢は反《かえ》って烈《はげ》しく成った。それが大きな商家の前などを担がれて通る時は、見る人の手に汗を握らせた。
 急に御輿は一種の運動と化した。ある家の前で、衝突の先棒《さきぼう》を振るものがある、両手を揚げて制するものがある、多勢の勢に駆られて見る間に御輿は傾いて行った。その時、家の方から飛んで出て、御輿に飛付き押し廻そうとするものもあった。騒ぎに踏み敷かれて、あるものの顔から血が流れた。「御輿を下せ御輿を下せ」と巡査が馳《は》せ集って、烈しい論判の末、到頭|輿丁《よてい》の外《ほか》は許さないということに成った。御輿の周囲《まわり》は白帽白服の人で護られて、「さあ、よし、持ち上げろ」などという声と共に、急に復た仲町の方角を指して担がれて行った。見物の中には突き飛ばされて、あおのけさまに倒れた大の男もあった。
「それ早く逃げろ、子供々々」
 皆な口々に罵《ののし》った
「巡査も随分御苦労なことですな」
「ほんとに好い迷惑サ」
 見物は言い合っていた。
 暮れてから町々の提灯《ちょうちん》は美しく点《とも》った。簾《すだれ》を捲上《まきあ》げ、店先に毛氈《もうせん》なぞを敷き、屏風《び
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