ききょう》色に顕《あら》われた。この日は町の大人から子供まで互に新しい晴衣を用意して待っていた日だ。
 私は町の団体の暗闘に就《つ》いて多少聞いたこともあるが、そんなことをここで君に話そうとは思わない。ただ、祭以前に紛擾《ごたごた》を重ねたと言うだけにして置こう。一時は祭をさせるとか、させないとかの騒ぎが伝えられて、毎年月の始めにアーチ風に作られる〆飾《しめかざ》りが漸く七日目に町々の空へ掛った。その余波として、御輿《みこし》を担《かつ》ぎ込まれるが煩《うるさ》さに移転したと言われる家すらあった。そういう騒ぎの持上るというだけでも、いかにこの祭の町の人から待受けられているかが分る。多くの商人は殊に祭の賑《にぎわ》いを期待する。養蚕から得た報酬がすくなくもこの時には費されるのであるから。
 夜に入って、「湯立《ゆだて》」という儀式があった。この晩は主な町の人々が提灯《ちょうちん》つけて社《やしろ》の方へ集る。それを見ようとして、私も家を出た。空には星も輝いた。社頭で飴菓子《あめがし》を売っている人に逢った。謡曲で一家を成した人物だとのことだが、最早長いことこの田舎に隠れている。
 本町の
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