。小手毬《こでまり》の花の遅いのも咲いていた。藤棚の下へ行くと、池の中の鯉の躍《おど》るのも見えた。「こう水があると、なかなか鯉は捕まらんものさネ」と言っている者も有った。
池を一廻りした頃、番頭は赤い顔をして二階から降りて来た。
「先生、勝負はどうでしたネ」と仕立屋が尋ねた。
「二番とも、これサ」
番頭は鼻の先へ握り拳《こぶし》を重ねて、大天狗《だいてんぐ》をして見せた。そして、高い、快活な声で笑った。
こういう人達と一緒に、どちらかと言えば陰気な山の中で私は時を送った。ポツポツ雨の落ちて来た頃、私達はこの山荘を出た。番頭は半ば酔った調子で、「お二人で一本だ、相合傘《あいあいがさ》というやつはナカナカ意気なものですから」
と番傘を出して貸してくれた。私は仕立屋と一緒にその相合傘で帰りかけた。
「もう一本お持ちなさい」と言って、復《ま》た小僧が追いかけて来た。
毒消売の女
「毒消は宜《よ》う御座んすかねえ」
家々の門《かど》に立って、鋭い越後訛《えちごなまり》で呼ぶ女の声を聞くように成った。
黒い旅人らしい姿、背中にある大きな風呂敷《ふろしき》、日をうけて光る
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