階下《した》を覗《のぞ》いて、小僧に吩咐《いいつ》けた。間もなく小僧はウンと大きく削った花鰹節を二皿持って上って来た。
やがて番頭は階下から将棋の盤を運んだ。それを仕立屋の前に置いた。二枚落しでいこうと番頭が言った。仕立屋は二十年以来ぱったり止めているが、万更でも無いからそれじゃ一つやるか、などと笑った。主人も好きな道と見えて、覗き込んで、仕立屋はなかなか質《たち》が好いようだとか、そこに好い手があるとか、しきりと加勢をしたが、そのうちに客の敗と成った。番頭は盃《さかずき》を啣《ふく》んで、「さあ誰でも来い」という顔付をした。「お貸しなさい、敵打《かたきうち》だ」と主人は飛んで出て、番頭を相手に差し始める。どうやら主人の手も悪く成りかけた。番頭はぴッしゃり自分の頭を叩《たた》いて、「恐れ入ったかな」と舌打した。到頭主人の敗と成った。復た二番目が始まった。
階下では、大きな巾着《きんちゃく》を腰に着けた男の児が、黒い洋犬と戯れていたが、急に家の方へ帰ると駄々をコネ始めた。小僧がもてあましているので、仕立屋も見兼ねて、子供の機嫌《きげん》を取りに階下へ降りた。その時、私も庭を歩いて見た
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