《のら》が、私達の両側にあった。既に刈取られた麦畠も多かった。半道ばかり歩いて行く途中で、塩にした魚肉の薦包《こもづつみ》を提げた百姓とも一緒に成った。
 仕立屋は百姓を顧みて、
「もうすっかり植付が済みましたかネ」
「はい、漸《ようや》く二三日前に。これでも昔は十日前に植付けたものでごわすが、近頃はずっと遅く成りました。日蔭に成る田にはあまり実入《みいり》も無かったものだが、この節では一ぱいに取れますよ」
「暖くなった故《せい》かナ」
「はい、それもありますが、昔と違って田の数がずっと殖えたものだから、田の水もウルミが多くなってねえ」
 百姓は眺め眺め答えた。
 東沢の山荘には商家の人達が集っていた。店の方には内儀《かみ》さん達と、二三の小僧とを残して置いて、皆なここへ遊びに来ているという。東京の下町に人となった君は――日本橋|天馬町《てんまちょう》の針問屋とか、浅草|猿屋町《さるやちょう》の隠宅とかは、君にも私に可懐《なつか》しい名だ――恐らく私が今どういう人達と一緒に成ったか、君の想像に上るであろうと思う。
 山荘は二階建で、池を前にして、静かな沢の入口にあった。左に浅い谷を囲ん
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