別荘へ休みに行っている、私を誘って仕立屋にも遊びに来ないか、とある日番頭が誘いに来たとのことであった。
私は君に古城の附近をすこし紹介した。町家の方の話はまだ為《し》なかった。仕立屋に誘われて商家の山荘を見に行った時のことを話そう。
君は地方にある小さい都会へ旅したことが有るだろう。そこで行き逢う人々の多くは
――近在から買物に来た男女だとか、旅人だとかで――案外町の人の少いのに気が着いたことが有るだろう。田舎の神経質はこんなところにも表れている。小諸がそうだ。裏町や、小路《こうじ》や、田圃側《たんぼわき》の細い道なぞを択《えら》んで、勝手を知った人々は多く往《い》ったり来たりする。
私は仕立屋と一緒に、町家の軒を並べた本町の通を一|瞥《べつ》して、丁度そういう田圃側の道へ出た。裏側から小諸の町の一部を見ると、白壁づくりの建物が土壁のものに混って、堅く石垣の上に築かれている。中には高い三層の窓が城郭のように曇日に映じている。その建物の感じは、表側から見た暗い質素な暖簾《のれん》と対照を成して土地の気質や殷富《とみ》を表している。
麦秋《むぎあき》だ。一年に二度ずつ黄色くなる野面
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