濡《ぬ》れながら働いている人々もあった。皆なで雲行を眺めていると、初夏らしい日の光が遽《にわ》かに青葉を通して射して来た。弓仲間は勇んで一手ずつ射はじめた。やがて復たザアと降って来た。到頭一同は断念して、茶屋の方へ引揚《ひきあ》げた。
私が学士と一緒に高い荒廃した石垣の下を帰って行く途中、東の空に深い色の虹《にじ》を見た。実に、学士はユックリユックリ歩いた。
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その三
山荘
浅間の方から落ちて来る細流は竹藪《たけやぶ》のところで二つに別れて、一つは水車小屋のある窪《くぼ》い浅い谷の方へ私の家の裏を横ぎり、一つは馬場裏の町について流れている。その流に添う家々は私の家の組合だ。私は馬場裏へ移ると直ぐその組合に入れられた。一体、この小諸の町には、平地というものが無い。すこし雨でも降ると、細い川まで砂を押流すくらいの地勢だ。私は本町へ買物に出るにも組合の家の横手からすこし勾配《こうばい》のある道を上らねばならぬ。
組合頭《くみあいがしら》は勤勉な仕立屋の亭主だ。この人が日頃出入する本町のある商家から、商売《あきない》も閑《ひま》な頃で店の人達は東沢の
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