だその外に、鶏を養《か》う人なぞも住んでいる。この人は病身で、無聊《ぶりょう》に苦むところから、私達の矢場の方へ遊びに来る。そして、私達の弓が揃って引絞られたり、矢の羽が頬を摺《す》ったりする後方《うしろ》に居て、奇警な批評を浴せかける。戯れに、
「どうです。先生、もう弓も飽いたから――貴様、この矢場で、鳥でも飼え、なんと来た日にゃあ、それこそ此方《こっち》のものだ……しかしこの弓は、永代《えいたい》続きそうだテ」こんなことを言って混返《まぜかえ》すので、折角入れた力が抜けて、弓もひけないものが有った。
小諸へ来て隠れた学士に取って、この緑蔭は更に奥の方の隠れ家のように見えた。愛蔵する鷹の羽の矢が揃って白い的の方へ走る間、学士はすべてを忘れるように見えた。
急に、熱い雨が落ちて来た。雷《らい》の音も聞えた。浅間は麓まで隠れて、灰色に煙るように見えた。いくつかの雲の群は風に送られて、私達の頭の上を山の方へと動いた。雨は通過ぎたかと思うと復《また》急に落ちて来た。「いよいよ本物かナ」と言って、学士は新しく自分で張った七寸|的《まと》を取除《とりはず》しに行った。
城址の桑畠には、雨に
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