下へ行って、一線に六月の空に横《よこた》わる光景《さま》が見られる。既に君に話した烏帽子山麓の牧場、B君の住む根津村なぞは見えないまでも、そこから松林の向に指すことが出来る。私達の矢場を掩う欅《けやき》、楓《かえで》の緑も、その高い石垣の上から目の下に瞰下《みおろ》すことが出来る。
境内には見晴しの好い茶屋がある。そこに預けて置いた弓の道具を取出して、私は学士と一緒に苔蒸《こけむ》した石段を下りた。静かな矢場には、学校の仲間以外の顔も見えた。
「そもそも大弓を始めてから明日で一年に成ります」
「一年の御|稽古《けいこ》でも、しばらく休んでいると、まるで当らない。なんだか串談《じょうだん》のようですナ」
「こりゃ驚いた。尺二《しゃくに》ですぜ。しっかり御頼申《おたのもう》しますぜ」
「ボツン」
「そうはいかない――」
こんな話が、強弓《ごうきゅう》をひく漢学の先生や、体操の教師などの間に起る。理学士は一番弱い弓をひいたが、熱心でよく当った。
古城址といえば、全く人の住まないところのように君には想像されたろう。私は残った城門の傍《かたわら》にある門番と、園内の茶屋とを君に紹介した。ま
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