とつけましたトサ。ええ、矢当りサ。子供というものは可笑しなものですネ」
 こういう阿爺《おとっ》さんらしい話を聞きながら古い城門の前あたりまで行くと馬に乗った医者が私達に挨拶して通った。
 学士は見送って、
「あの先生も、鶏に、馬に、小鳥に、朝顔――何でもやる人ですナ。菊の頃には菊を作るし、よく何処の田舎にも一人位はああいう御医者で奇人が有るもんです。『なアに他の奴等は、ありゃ医者じゃねえ、薬売りだ、とても話せない』なんて、エライ気焔《きえん》サ。でも、面白い気象の人で、在へでも行くと、薬代がなけりゃ畠の物でも何でもいいや、葱《ねぎ》が出来たら提げて来い位に言うものですから、百姓仲間には非常に受が好い……」
 奇人はこの医者ばかりでは無い。旧士族で、閑散な日を送りかねて、千曲川へ釣《つり》に行く隠士風の人もあれば、姉と二人ぎり城門の傍《かたわら》に住んで、懐古園の方へ水を運んだり、役場の手伝いをしたりしている人もある。旧士族には奇人が多い。時世が、彼等を奇人にして了《しま》った。
 もし君がこのあたりの士族屋敷の跡を通って、荒廃した土塀《どべい》、礎《いしずえ》ばかり残った桑畠なぞを見
前へ 次へ
全189ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング