頬杖《ほおづえ》突くもの、種々雑多の様子をしていた。そのコップの中へ鳥か鼠《ねずみ》を入れると直《すぐ》に死ぬと聞いて、生徒の一人がすっくと立上った。
「先生、虫じゃいけませんか」
「ええ、虫は鳥などのように酸素を欲しがりませんからナ」
 問をかけた生徒は、つと教室を離れたかと思うと、やがて彼の姿が窓の外の桃の樹の側にあらわれた。
「アア、虫を取りに行った」
 と窓の方を見る生徒もある。庭に出た青年は茂った桜の枝の蔭を尋ね廻っていたが、間もなく何か捕《つかま》えて戻って来た。それを学士にすすめた。
「蜂《はち》ですか」と学士は気味悪そうに言った。
「ア、怒ってる――螫《さ》すぞ螫すぞ」
 口々に言い騒いでいる生徒の前で、学士は身を反《そ》らして、螫されまいとする様子をした。その蜂をコップの中へ入れた時は、生徒等は意味もなく笑った。「死んだ、死んだ」と言うものもあれば、「弱い奴」というものもある。蜂は真理を証するかのように、コップの中でグルグル廻って、身を悶《もだ》えて、死んだ。
「最早《もう》マイりましたかネ」
 と学士も笑った。
 その日は、校長はじめ、他の同僚も懐古園《かいこえん》
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