《てっこう》をはめ、浅黄《あさぎ》の襷《たすき》を掛け、腕をあらわにして、働いている女もあった。草土手の上に寝かされた乳呑児が、急に眼を覚まして泣出すと、若い母は鍬を置いて、その児の方へ馳けて来た。そして、畠中で、大きな乳房の垂下った懐《ふところ》をさぐらせた。私は無心な絵を見る心地《ここち》がして、しばらくそこに立って、この母子《おやこ》の方を眺《なが》めていた。草土手の雑草を刈取ってそれを背負って行く老婆もあった。
与良町の裏手で、私は畠に出て働いているK君に逢った。K君は背の低い、快活な調子の人で、若い細君を迎えたばかりであったが、行く行くは新時代の小諸を形造る壮年《わかもの》の一人として、土地のものに望を嘱されている。こういう人が、畠を耕しているということも面白く思う。
胡麻塩頭《ごましおあたま》で、目が凹《くぼ》んで、鼻の隆《たか》い、節々のあらわれたような大きな手を持った隠居が、私達の前を挨拶《あいさつ》して通った。腰には角《つの》の根つけの付いた、大きな煙草入をぶらさげていた。K君はその隠居を指して、この辺で第一の老農であると私に言って聞かせた。隠居は、何か思い付いた
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