たのも見える。私は石垣や草土手の間を通って石塊《いしころ》の多い細道を歩いて行った。そのうちに与良町に近い麦畠の中へ出て来た。
若い鷹《たか》は私の頭の上に舞っていた。私はある草の生えた場所を選んで、土のにおいなどを嗅《か》ぎながら、そこに寝そべった。水蒸気を含んだ風が吹いて来ると、麦の穂と穂が擦《す》れ合って、私語《ささや》くような音をさせる。その間には、畠に出て「サク」を切っている百姓の鍬《くわ》の音もする……耳を澄ますと、谷底の方へ落ちて行く細い水の響も伝わって来る。その響の中に、私は流れる砂を想像してみた。しばらく私はその音を聞いていた。しかし、私は野鼠のように、独《ひと》りでそう長く草の中には居られない。乳色に曇りながら光る空なぞは、私の心を疲れさせた。自然は、私に取っては、どうしても長く熟視《みつ》めていられないようなものだ……どうかすると逃げて帰りたく成るようなものだ。
で、復《ま》た私は起き上った。微温《なまぬる》い風が麦畠を渡って来ると、私の髪の毛は額へ掩《おお》い冠《かぶ》さるように成った。復た帽子を冠って、歩き廻った。
畠の間には遊んでいる子供もあった。手甲
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