も争われない。紅葉山人のような作者ですら雅俗折衷の文体と言文一致の間を往来した。何と言ってもあの頃は、古くからある文章の約束がまだ重く残って、言葉の感情とか、その陰影とかの自然な流露を妨げていた。この状態はどうしても行き詰る。そこでだんだん変化と自由とを求めるようになって行って、これまで物を書いていた作者達も今までの表現の方法では、やりきれなくなって行ったかと思う。私は斉藤緑雨君のような頭の好い人がそういう点で苦しみぬいたことを知っている。同君も文章そのものの苦労が大き過ぎて、「油地獄」や「かくれんぼ」に見せたような作者としての天禀《てんびん》を十分に延ばし切ることが出来なかったのではなかろうかと思う。
その後に、鴎外漁史はめずらしく創作の筆を執って、「そめちがえ」一篇を「新小説」誌上に発表した。私はそれを読んで漁史のような人の上にもある一転機の来たことを感じた。「そめちがえ」の砕けた題目が示すように、漁史は最早あの「文づかい」や「うたかたの記」に見るような高い調子で押し通そうとする人ではなかったらしい。その頃には、透谷君や一葉女史の短い活動の時はすでに過ぎ去り、柳浪にはやや早く、蝸
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