は種々な理由があろう。当時は新日本ということが多くの人々によって考えられ、新しい作者を求める社会の要求の強かったことも、その理由の一つとして数えられよう。長谷川二葉亭《はせがわふたばてい》の「浮雲」があれほどの新しさを私達の胸中に喚《よ》び起したのも、その要求をみたし得たからであって、あれほど鮮《あざや》かに当時を反映し、当時を批評した作品もめずらしかった。一方にはまた、鴎外漁史のような人があって、レッシングの「俘《とりこ》」、アンデルセンの「即興詩人」、その他の名訳をつぎつぎに紹介せられたことも、当時の文学の標準を高める上に、少からぬ影響を多くの作者に与えた。「水沫集《みなわしゅう》」一巻は、青春の書というにはあまり老成なような気もするが、明治二十年代の早い春はあの集のどの頁《ページ》にも残っている。
 もし、明治二十年代の文学があの調子で進むことが出来たら、その発達には見るべきものがあったろうに、それが最初のような純粋を失い、新鮮を失うようになって行ったに就いては、種々な原因がなくてはならない。
 ともあれ、当時発達の途上にあった言文一致の基礎工事がまだまだ不十分なものであったこと
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