雨《りょくう》君の寄せた文章が出ている。緑雨君の筆はわたしのことにも言い及んである。
 「彼も今では北佐久郡の居候《いそうろう》、山猿《やまざる》にしてはちと色が白過ぎるまで」
 緑雨君はこういう調子の人であった。うまいとも、辛辣《しんらつ》とも言ってみようのない、こんな言い廻しにかけて当時同君の右に出るものはなかった。しかし、東京の知人等からも離れて来ているわたしに取っては、おそらくそれが最後に聴きつけた緑雨君の声であったように思う。わたしは文学の上のことで直接に同君から学んだものとても殆《ほと》んどないのであるが、しかし世間智に富んだ同君からいろいろ啓発されたことは少くなかった。鴎外《おうがい》、思軒《しけん》、露伴、紅葉、その他諸家の消息なぞをよくわたしに語って聞かせたのも同君であった。同君|歿後《ぼつご》に、馬場|孤蝶《こちょう》君は交遊の日のことを追想して、こんなに亡くなった後になってよく思い出すところを見ると、やはりあの男には人と異なったところがあったと見えると言われたのも同感だ。
 紅葉山人の死を小諸の方にいて聞いた頃のことも忘れがたい。わたしは一年に一度ぐらいしか東京の
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