チックと呼ばれる声をすら聞きつける。今日からあの時代を振り返ってみたら、それも謂《いわ》れのあることであろう。いかに言ってもわたしたちは踏み出したばかりで、経験にも乏しく、殊《こと》に自分なぞは当時を追想する度《たび》に冷汗《ひやあせ》の出るようなことばかり。それにしても、わたしたちの弱点は歴史精神に欠けていたことであった。もしその精神に欠くるところがなかったなら、自国にある古典の追求にも、西欧ルネッサンスの追求にも、あるいはもっと深く行き得たであろう。平田|禿木《とくぼく》君も言うように、上田敏君は「文学界」が生んだ唯一の学者である。その上田君の学者的態度を以《もっ》てしてもこの国独自な希臘《ギリシャ》研究を残されるところまで行かなかったのは惜しい。西欧ルネッサンスに行く道は、希臘に通ずる道であるから、当然上田君のような学者にはその準備もあったろう。しかし同君はそちらの方に深入りしないで、近代象徴詩の紹介や翻訳《ほんやく》に歩みを転ぜられたように思われる。

 このスケッチをつくっていた頃、わたしは東京の岡野知十君から俳諧雑誌「半面」の寄贈を受けたことがあった。その新刊の号に斎藤|緑
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