友人を訪ねる機会もなかったから、したがって諸先輩の消息を知ることも稀《まれ》になって行ったが、おそらく鴎外漁史なぞはあの通り休息することを知らないような人だから、当時その書斎とする観潮楼《かんちょうろう》の窓から、文学の推し移りなどを心静かに、注意深くも眺めておられたかと思う。そして柳浪《りゅうろう》、天外、風葉等の作者の新作にも注意し、又、後進のものの成長をも見まもっていてくれたろうと思う。明治文学も漸《ようや》く一変すべき時に向って来て、誰もが次の時代のために支度を始めたのも、明治三十年代であったと言っていい。
旧いものを毀《こわ》そうとするのは無駄な骨折だ。ほんとうに自分等が新しくなることが出来れば、旧いものは既に毀れている。これが仙台以来のわたしの信条であった。来《きた》るべき時代のために支度するということも、わたしに取っては自分等を新しくするということに外ならない。このわたしの前には次第に広い世界が展《ひら》けて行った。不自由な田舎教師の身には好い書物を手に入れることも容易ではなかったが、長く心掛けるうちには願いも叶《かな》い、それらの書物からも毎日のように新しいことを学
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