軽井沢はまだ冬景色だ。私はこの春の遅い山の上を見た眼で、武蔵野《むさしの》の名残《なごり》を汽車の窓から眺めて来ると、「アア柔かい雨が降るナア」とそう思わない訳には行かない。でも軽井沢ほど小諸は寒くないので、汽車でここへやって来るに随って、枯々な感じの残った田畠の間には勢よく萌《も》え出した麦が見られる。黄に枯れた麦の旧葉《ふるは》と青々とした新しい葉との混ったのも、離れて見るとナカナカ好いものだ。
 四月の十五日頃から、私達は花ざかりの世界を擅《ほしいまま》に楽むことが出来る。それまで堪《こら》えていたような梅が一時に開く。梅に続いて直ぐ桜、桜から李《すもも》、杏《あんず》、茱萸《ぐみ》などの花が白く私達の周囲に咲き乱れる。台所の戸を開けても庭へ出掛けて行っても花の香気に満ち溢《あふ》れていないところは無い。懐古園の城址《しろあと》へでも生徒を連れて行って見ると、短いながらに深い春が私達の心を酔うようにさせる……
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   「千曲川のスケッチ」奥書

 このスケッチは長いこと発表しないで置いたものであった。まだこの外にもわたしがあの信濃《しなの》の山の上でつくったスケッ
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