じこ》むのもあった。
 すると、片方《かたっぽう》も黙ってはいない。覚えておれと言わないばかりに、「この野郎」と叫んだ。
「畜生!」一方は軽蔑《けいべつ》した調子で。
「ナニ? この野郎」片方は石を拾って投げつける。
「いやだいやだ」
 と笑いながら逃げて行く子供を、片方は棒を持って追馳《おっか》けた。乳呑児《ちのみご》を背負《おぶ》ったまま、その後を追って行くのもあった。
 君、こういう光景《ありさま》を私は学校の往還《ゆきかえり》に毎日のように目撃する。どうかすると、大人が子供をめがけて、石を振上げて、「野郎――殺してくれるぞ」などと戯れるのを見ることもある。これが、君、大人と子供の間に極く無邪気に、笑いながら交換《とりかわ》される言葉である。
 東京の下町の空気の中に成長した君なぞに、この光景《ありさま》を見せたら、何と言うだろう。野蛮に相違ない。しかし、君、その野蛮は、疲れた旅人の官能に活気と刺戟《しげき》とを与えるような性質のものだ。

     麦畠

 青い野面《のら》には蒸すような光が満ちている。彼方此方《あちこち》の畠|側《わき》にある樹木も活々《いきいき》とした新葉
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