ていると、土地の種々な話を聞く。ある生徒が北山の狼の話を私にした。その足跡は里犬よりも大きく、糞《くそ》は毛と骨で――雨晒《あまざら》しになったのを農夫が熱の薬に用いる。それは兎や鳥なぞを捕えて食うためだという。お伽話《とぎばなし》の世界というものはこうした一寸した話のはしにも表れているような気がする。
野蛮な話を聞くこともある。ここには鶏を盗むことを商売にしている人がある。雄鶏《おんどり》と牝鶏《めんどり》と遊ぶところへ、釣針《つりばり》で餌《え》をくれ、鳥の咽喉《のど》に引掛けて釣取るという。犬を盗むものもある。それは黒砂糖で他《よそ》の家の犬を呼び出し、殺して煮て食い、皮は張付けて敷物に造るとか。
土地の話の序《ついで》だ。この辺の神棚には大きな目無し達磨《だるま》の飾ってあるのをよく見掛ける。上田の八日堂《ようかどう》と言って、その縁日に達磨を売る市が立つ。丁度東京の酉《とり》の市《いち》の賑《にぎわ》いだ。願い事が叶《かな》えば、その達磨に眼を入れて納める。私は海の口村の怪しげな温泉宿で一夜を送ったことがあったが、あんな奥にも達磨が置いてあるのを見た。
ここは養蚕地だか
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