ら、蚕祭というのをする。その日は繭《まゆ》の形を米の粉で造り、笹の葉に載せて祭るのだ。
 二月八日の道祖神《どうそじん》の祭は、いかにも子供の祭らしいものだ。土地の人は訛《なま》って「どうろく神」と呼んでいる。あの子供の好きなと言い伝える路傍の神様の小さな祠《ほこら》のところへ藁《わら》の馬に餅《もち》を載せて曳《ひ》いて行くのは、古めかしい無邪気な風俗だ。幼いものの楽《たのし》みとする日だ。

     御辞儀

 私達の学校の校長が小諸小学校の校堂に演説会のあったのを機会として、医者仲間の無能を攻撃したという出来事があった。先生の演説は直接には聞かなかったが、それがヤカマしい問題を惹起《ひきおこ》したことを、後で私は理学士から聞いた。一体先生がこの地方に退いて青年の教育を始めるまでには長い経歴を持って来た人で、随分町の相談にも預って種々な方面に意見の立てられる人だし、守山《もりやま》あたりの桃畠が開けたのも先生の力だと言われている位だ。とにかく、先生はエナアゼチックな勇健な体躯《たいく》を具えた、何か為ずにはいられないような人だ。こういう気象の先生だから、演説でもする場合には、やや
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